2022-01-29 老いのひとこと㊼ 拙い中身の自分史をまるでトコロテンのように惰性的に日々垂れ流す。 今在る自分の因って来る源流を探りつつ辿る作業を終生の課題としておのれの明日に託す。 でも其れをばおのれ独りで為し得る力量はある筈もなかろう。 自ずと他人様の支援の手がなくては事が運ばれる筈もなかろう。 幾多の御仁にお世話ご指導に与かり尊いご尽力を頂戴いたしました。 感謝してもし切れない大きな恩義を抱くのです。 嘗て野田山芝山の地に林立した津田家の墓石は今はもうない。 掛け替えのない遺物文物が消失に至った経緯は慙愧に堪えず心底悔やまれる。 とは申すものの其の香太郎が建立せし父清三郎と生母鉚並びに継母操の遺霊を祀った墓石に刻まれた碑文は写真撮影と拓本により現世に保存することが幸運にも適った事は了と致さねばならない。 そして、其の碑文の解読作業が郷土史家御三方の手により此れも滞りなく終了した。 ところが其れをば世に開陳することの明白な事由がないにも関わらず敢えて世に問うことになる。 老生の先祖神からの届いた重大なる任務だと心して決行した 軽々にご芳名を明記いたすは当方の余りにも独断的拙稿には馴染まず当然憚らねばならないと自粛したにも拘らずお叱りを承知の上発信してしまった。 今此処に斯くなる禁忌を破りお名前を披露いたす段何卒ご容赦いただきたく願い上げまする次第です。 特段の御許しを乞う次第です。