老いのひとこと

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お彼岸の頃は大きな寒気団が居座りみな震え上がっていた。


 それが今漸くにして大きな高気圧に被われてぽかぽか陽気がお出ましだ。


 これ幸いと、ペタルを踏んで長坂台のあの長い上り坂をサイクリングすることに決めました。


 ちょうど上り切った箇所で偶々歩道にて洗車中のか所に出会い自転車を降りた折にふと嘗ての古き知友滝川氏のことを思い付いてしまったのです。


 別段然程の要件があるわけでもないのに失礼かなと暫し躊躇もしたが思い切って呼び鈴を押しとぼし込んでいた。


 金石時代のあの精悍なる面立ちはもはやどこにもなかった。


 絵描きさん特有の物事の裏面まで観通す鋭利な眼光も何処かに置き忘れたのように静かで温厚に映る。


 半世紀は溯る往古の頃の話ではあるが、氏が熱血教師として辣腕を遺憾なく発揮された数ある武勇伝は今以って忘れ得ぬのです。


 氏から受けた愛の鞭が効を奏して立派に更生の道を歩んだ連中が大勢いることを知っている。


 処が、その滝川氏には今やその面影はなかった。


 すっかり角が落ち円やかな眼差しでまるで仏さまに生まれ変わられたように覗えたのです。


 最先端のスポーツカーを乗り回す気力はもう失ったのだという。


 清閑な応接間の一角に犀川河畔を描いた彼特有の画風の油絵が飾られていた。


 拙宅にも氏から譲り受けた氏のサイン入りの一幅の「穂高の絵」を愛蔵するのです。