老いのひとこと

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久し振りに鶴寿園の教養講座に顔を出す。


お坊さんのお説教を聞く会に出席してみました。


わたしには格別お贔屓にたす宗派が在るわけもなく只何となく知的な刺激が戴けないものかとつい足が向いてしまうのです。


此の日の題目は「人生の四苦-生老病死を乗り越えて」とあった。


何かしら得るものが在ろうかと期待を寄せて定刻には間に合わせた。


ところが此の日はお彼岸過ぎにも拘らず氷雨そぼ降るあいにくの日よりでした。


足もと悪く会場には何方も見えられない。


しばし一二分待てど現われそうにない。


気が引けてわたしはどうぞ本日は流会遊ばせてくださいと申したりしている内に漸くにしてご婦人がお一人入室なされたのです。


講師のお坊さんは此れで気を取り戻されお説教が粛々と始まったのです。


正味60分の講話になる。


難解なる仏法を噛み砕き平易に説かれていられる。


四苦八苦のこと三毒―貪・瞋・癡について更には一切皆苦とか刹那消滅のお話を飽きることなく延々と語られたのです。


信徒でも門徒でもない年寄り二人に向かい語り続けれたのです。


布教の務めに徹し切って正味60分間を倦むことなく弛むことなく無心に説かれ続けられた。


もう其処には無私無欲無我の境地に浸る恰も小さき生き仏が目の前に居る。


 


ひたすら佛に尽くす真摯な御心がなければ寝ぼけたような二人を相手にすることは適う筈がない。


講話の中身よりも此の御方の人徳に頭が下がる思いで聞き入った次第です。