老いぼれの独り言

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一昨日テレビで代表質問を拝聴した。
一つだけ印象に残ったことがあったので書き記します。
官房長官仙谷由人さんのときです。
さすが弁護士出身のお方らしく立て板に水を流す如く流暢 ( りゅうちょう )に語られた。
ただ、声帯を痛められたか病み上がりか存ぜぬが上ずったお声で痛々しささえ感じた。
しかし、殺気立った眼光から絞り出す語気鋭き信念の口調には云うに言われぬ迫力と裂帛 ( れっぱく )の気迫を感じ取った。
のみならず、そこには一介の政治家としての絶品の品位品格気位 ( きぐらい )が漂っていた。
これぞ政治家なりと云う矜持 ( きょうじ )を自ら示された
カメラは枝野大臣をアップで捉えていた。
 枝野さんは終始横目で睨み付けながら仙谷演説を真摯 ( しんし )に聞き入っていた。
 恐らく枝野さんの心の琴線 ( きんせん )に触れる何物かがあったのだろう。
 レンズは的確にそれを捉えていた。
 それほど強烈にアピールするものが一言一句の中に ( ほとばし )っていたのだろう。
 ピュアな民主フアンには ( たま )らぬ一時であったであろう。
 心底しびれ切ったのではなかろうか。
 瀕死 ( ひんし )の野田政権を真底持ち上げ身を呈して援護しエールを送られた
 殉死 ( じゅんし )覚悟の名演出だったのかもしれない。
 
胸迫る感動が大きかったばかりに、その反動たる ( むな )しさが倍加して大きく感じられた。
 やがて消えゆく将を心より讃美したこの歴史的名演説は、やがて来る総選挙にて有効に活用しない手はないと、そのように思った。
 
中道 (ちゅうどう)中庸 ( ちゅうよう )中墨 ( なかすみ )を執り突き進むにも猛々 ( たけだけ )しい勇気が要る事だと思いま
 
次の日の新聞には前線通過とハリケーンと相も変らぬ解散風が吹き捲くっていた。
山中先生のノーベル賞の旗は、野党の別のお方の陣地でへんぽんと翻っていました。
メデアとかネットは非情で冷酷だ。
あたかも弔辞であったかのような冷遇ぶりではありませんか。
そのようにして、この娑婆は動いてゆくのでしょう。
怖くて恐ろしいが仕方がない。
 
どこかでむかし、Hougannbiikiということを聞いたような気がするのだけどね・・・