2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧

うらなりの記《59》

しげばあさん 母としとの死別が二十歳で、菊水分校に世話になったのは二十三歳から五歳までの三年間であった。 母を恋うる女々しさを宿す歳でもなかろうに、よく重ばあさんを慕うたものだ。 あたかも、我が家に帰ったように肩の荷を下ろした。 重いリュック…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《56》

さあ「相抜ケ峰」を眺望できる遙拝所めがけ気合こめて再スタートしよう。 「相抜け」の技は、夕雲から一雲へ伝承された。 無学文盲といわれた夕雲先生が漢文調の難解なる真面目をよくぞしたためられたものだ。確かになぞは残る。 そして一雲は、直系の弟子…

老いぼれへぼ教師の回想記《59》

ニートやフリーターがこの世に横行し始めて久しい。 でも、少なくてもわたしの世代にはまだなかった。 わたしには、この人たちを論評する資格はどこにもない。 他でもない、わたしはその旬の走りと成り得る存在そのものなのである。 二度と再来する事のない…

うらなりの記《58》

バイカル湖 二男が保育所の階段から飛び降り腕を骨折した折に、叔母からの“マアちゃんの息子にしたら上出来ですよ。元気な子でよかったね”この言葉を思い出す。 折れた骨を針金で繋ぐ外科的処置も完璧に施して呉れていたので、わたしからは何も言えなかった…

独り言

この行き先に遙拝所ありやなしや 夕雲連峰に聳える「相抜ケ峰」への名たるルートは数多ある。 この先人たちが切り開いたルートをただただ羨望の眼差しで見上げるだけである。 ごくごく最近には、更なる上手を行く近藤ルートの新発見に至れり、唖然とするばか…

老いぼれへぼ教師の回想記《58》

祖父勝太郎が“士族の商法”よろしく現新竪小グランド横で駄菓子商を営んだ事もあったらしいが、ご多分に漏れず敢え無く閉店に追い遣られた。 わたしの知る限り、商売に手を染めた者は、あの当時においては此の祖父以外知らない。 だから、そろばんはもとより…

うらなりの記《57》

三枝叔母の御主人幸一氏とは、生前の面識はない。 戦前戦後における肺結核はまさに不治の病で、子規の「病床六尺」を彷彿とさせ実に重苦しい。 叔母は、地団駄を踏んでストレプトマイシンの投与に至らなかった非力さと不甲斐なさを悔やんだ。 没落士族の村…

独り言

夕雲山脈の最高峰「相抜ヶ峰」に魅せられて 単独登攀を試みたが道に迷い立ち往生 ビバーク余儀なくされ暫し休息思案中なり 冨永ルート石塚ルート甲野ルートその他もろもろの 先人たちの素晴らしき功績を前に足が竦んでしまった。

老いぼれへぼ教師の回想記《57》

“デモシカ教師”を自認するものにとっては、あの職員室の雰囲気は異質に映った。 恐ろしいばかりの闘志を秘めたやる気満々の聖職者の面々がひかえていた。 教育の粋を極めんと知性と理性に溢れた眼で宙を睨み付けていた。 みなが皆、生まれた時から教師道に血…

うらなりの記《56》

鉄二がまだ健在であった一時期に、是非ともいとこ達七人が再会する機会をつくろうとの話が持ち上がった事もあったのだが、残念ながら潰え去ってしまった。 賀状のやり取りはなせども、疎遠なる状態になる一方なのである。 依って、母としとの御縁を辿って、…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《55》

古稀を迎えた高齢の夕雲が、血気盛んな三十過ぎの一雲を相手に真実の試合を三度も試みたという。 親子ほどの年齢差になる。 ど素人なりに判読すれば、真実の試合はウソ偽りではない真剣勝負という事になる。 わたしには、それが真実真剣であったのか、それ…

老いぼれへぼ教師の回想記《56》

採用時点での後ろめたさに加え、申し分のない能力を囲うわけでもない凡庸なる“デモシカ教師”が大それた野心を抱くほど烏滸がましいことはないのだと篤とおのれに言い聞かせた。 そこで、鳥井信治郎の“やってみなはれ”張りの心意気で高校転出を決意したのだ…

うらなりの記《55》

遊就館前にて 妙典寺には、津田家に関わる墓石が四基もあるとは些か魂消る次第。 そのうちの一つが、母としの弟二郎さんのものだ。 重ばあさんから、話は能く聞かされたがわたしは此の二郎叔父への記憶は皆無だ。 先年、“靖国”を訪れた折には初対面の叔父に…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《54》

なんじゃもんじゃの木 小出切一雲の幼名を長谷川石英というたらしい。 剣術ではなく医術を志し、将軍家の侍医を務めた名医半井驢庵 ( なからいろあん )に師事したのだという。 塾頭まで勤め恕庵 ( じょあん )と称したのだと「日本古典作者事典」にある。 驢…

老いぼれへぼ教師の回想記《55》

わたしは正規のルートを踏まずに、非正規採用されし不届き者に違いない。 いうならば、競争試験を免除され選考試験のみでパスし、採用候補者名簿に名前が登載されたことに相成る。 武藤校長より、内川中講師に任命する辞令を恭しく拝命した。 その五 挑戦し…

うらなりの記《54》

叔母の思い出で重なり合うのがラーメンの味です。 早道町の住まいへ顔を出すと、その都度美味しいラーメンが振る舞われたことを思い出す。 近所の“お多福”から出前を頼んでくれるです。 特注のバターラーメンで、その上にもう一つ特上のバターの隠し味が加…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《53》

出頭の面 物の書物で読んだことだが、剣の理合いを語る上で大事なことは、如何にして相手を引き出すかに掛かっているのだという。 先ず一つは、攻める→相手を崩す→相手動く→それに乗って出頭を打つ。 もう一つは、攻める→相手を崩し引き出す→相手の打ちに対…

老いぼれへぼ教師の回想記《54》

おのれの醜聞をおのれが暴く、戯けた御人好しがいたものだ。 情実人事とかコネ採用は恥ずべきことです。 仁義に反する反社会的不正行為であり法律により処断さて然るべき事柄を、今まさに公けにしてしまった。 始末に負えない愚か者なのです。 併せて同時に…

うらなりの記《53》

ナツメの木 そのむかし、叔父の住まいは早道町にあった。 ひだりてに甘柿の大木があり、その後ろにスモモの大きな木、その陰に枇杷の木、もう一つ後ろにまた渋柿の木が立っていた。 みぎてに折れた一番奥まった箇所にナツメの木が在った。 よく断りもなく失…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《52》

人を斬ることが当たり前の時代に、そういう多くの武士たちの中に風変わりな異端の人がいてもおかしくない。 むやみやたらに人を斬ることに、自責の念を抱き人を斬らずに済むような剣法を編み出していった奇特な剣客がいた。 女々しい奴だという輩には言わせ…

老いぼれへぼ教師の回想記《》53

今や、就活塾や就活ゼミがあり、また就活ナビとか就活応援サイトなどIT社会がとことん浸透してしまった。 情報を収集し処理する能力が、実質問われるらしいが、それ以上にバブル崩壊後の「氷河期」は今や「超氷河期」に至り、その残酷さ非情さ深刻は言語…

うらなりの記《52》

従姉妹の美樹ちゃんが古びた仏壇の隅っこの奥まった箇所で見付けてくれた津田家過去帳によりすべてが氷解した。 県の姓氏歴史人物辞典には一幽とあったが此処では一友となっている。 五代将軍綱吉の治世で、元禄期に入る手前の貞享4年に津田一友は妙典寺に…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《51》

加賀藩の十一代藩主、前田治 ( はる )脩 ( なが )が寛政4年(1792年)に藩校を建てた。 明倫堂という文学校と経武館という武学校が現在の兼六公園の梅園辺りにあったのだという。 江戸幕府では老中松平定信による寛政の改革の最中、「寛政異学の禁」の…

老いぼれへぼ教師の回想記《52》

”そうさ 僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい” 第九の一万人の大合唱があったように この”世界に一つだけの花”を一億人の大合唱に仕立てねばならない。 そうすれは、日本国もブータン国に並ぶ…

うらなりの記《51》

昨日は大阪の息子夫婦と孫たちを伴って、雪の野田山墓地にて母としと父忠勝に正月の挨拶をかわした。 母としの血筋を辿って、いつの間にか見知らぬ世界に迷い込んでしまったことを報告してきた。 母は、そんなことをしたって何の足しにもなりませんよと、や…

老いぼれへぼ剣士の夕雲考《50》

相抜け…勝負なし 夕雲流の『相抜け』の技を誰も見てはいない。 今日まで秘技として伝承されたものも何もない。 刃挽きでぶった斬るほどの剣客ならみな恐れをなして立ち竦み、斬り合うまでに至らなかったのだとか、また両者対峙したまま剣先の争いに終始し勝…

老いぼれへぼ教師の回想記《51》

花屋さんの店先に並ぶ花たちは どれもこれも誇らしげに胸を張っている。 それなのに、どうして私たち人間は どうしてこうも競い合い比べたがるのだろう。 私たち人間は、一人一人みな違うのに なぜ一番になりたがるのだろうか。 好い歌詞だね。すごい歌詞だ…

うらなりの記《50》

玉川図書館の近世史料室には藩政期の前田家家臣団の動静が斯くも緻密にしかも的確に記録保存されていようとは知らなかった。 ちなみに、父方高橋家は足軽分際であったが故に、その記録は何処にもなかった。 あるはずもなかろう。 自分の身の回りのことです…

独り言

武道館へ稽古始めにおもむく。 寒波も遠のきおだやかなり。 道場の床も凍てつくさまからほど遠く、むしろ木目の温かさを感じた。 静寂の中、袴捌きの音と摺り足の微かな摩擦音、あちこちより空気を切り裂く刃音が心地よく耳に届く。 D師範より、四方切りに…

独り言

初詣に倶利伽羅不動尊へまいる。 此処へも善男善女が大勢繰り出しごった返す。 みな護摩祈祷に畏まってこうべを垂れる。 ご本尊である不動尊の燃え盛る炎に諸々の煩悩を焼き捨て、諸々の念願成就に願いを奉る。 本堂に立ち込める香の煙と僧侶たちの読経の響…