老いのひとこと

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昭和57年は1982年に拙宅が建った。


築36年になるがバリバリの職人気質で凝り固まったベテラン大工得田さんの手に掛るので今以って頑強そのものだ。


何んといっても自慢の和室は土壁仕立てなのでびくともしない。


とは云うものの実は台所のタイルが何枚か剥げ落ち風呂場横の廊下の床が今にも踏み外しそうに劣化してしまった。


我が家に力士が来るはずがないが重量級の方が床を突き破って縁の下に片足が届かんとも限らぬ。


得田さんのお弟子さんに当たる大工さんに応急措置をお願いした。


瞬く間に小奇麗な化粧板に貼り替え工事は完了した。


ウグイス張りとまではいかないが少々軋みが在って何とも言えぬ小気味の好い音色を発する。


でも此ればかりは文句の付けようがないので我慢することにした。


次なる修理個所は雨漏りなのか外壁なのかそれとも水回りなのか全く読めません。


同じように我が体の修理個所は五臓六腑の何処の場所なのか今のところ全く読めない。


しかし、此の両者いずれにしろ何時の日にか朽ち果て腐乱が進みゆくことでしょう。


だから、此の両者今を愛おしく精一杯穏やかにしかも慎ましやかに与えられし命を全うするよう相努めねばならない。


 


住み慣れし此の我が家、願わくは此処で全てを終わりたい。


リビングウイルの手続き怠るなよ。