老いのひとこと

農作業雑記

其の一

馬鈴薯の種芋を求めてほがらか村へ赴いたが生憎売れ切りだという。

諸物価値上がりの4月を迎え家庭菜園愛好者たちは挙って生活防衛自己防衛のため一斉に立ち上がったのであろう。

年金受給者には株価高騰も賃上げラッシュも全く以って無関係で心寂しい限りだ。

幾ら家内と二人世帯でも畑のエンドウ豆だ三株だけでは賄いきれまい、せめてもう三株は欲しいものだと買い求める、仮に105円とて財布は痛いのだ。

 

何故畑の土は斯くもカチンカチンに硬化するのだろう、此れでは地中に根を張ることは敵うまい、スコップと鍬を入れ腐葉土に牛糞と苦土石灰の混合物を蒔いて其処へ絹エンドウ2株とスナックエンドウ1株を植え込んだ、順調に育って呉れることだろうジョウロで水を撒いた。

 

 

 

 

老いのひとこと

農作業雑記

其の一

原付バイクのキック式始動でエンジン音が鳴る、冬越しした耕運機のスターター紐を引けば此れも高らかにエンジン音が鳴り響く、さあ共々春だ、脳作業の始動だ。

年齢の事など構っては居れない脳作業用の出で立ちでさあ出動だ。

脳作業仲間に聞けば萌えいずる諸多の雑草ども諸共耕運爪で掻き混ぜた、手間省きという省力化だ、此れも脳作業に違いは無かろう。

何分本体たる主役のジャガイモや野菜たちの成育に伴い間違いなく此の地中に埋もれた雑草たちも恨みを晴らさんばかりに繁茂いたすことだろうが此れお互い様だ、其の時は抜き取るしか無かろう。

其の2

生憎、此の弟から戴いた耕運機には畝上げ機能がないので此ればかりは手作業で為さねばならない、畝立てには一切お構いなしに草諸共放り上げる、重労働は老体には堪える。

 

 

手抜き行為のしっぺ返しあり、此れがまた大変難儀であることを知らなかった。

 

 

老いのひとこと

舟田氏の執念には些か驚きを禁じ得ない。

彼は大正から昭和初期の頃小学校で教鞭を執ったという自分の叔父の足跡を執拗に追跡し遂には居所を突き詰めたのだと誇らしげに語る。

そして、彼が言うにはわたしの親爺の分まで探し当てたのだと鼻息を荒くして其の事を報告がてらにわざわざ拙宅まで来駕くださったのだ。

早速乍ら、いとも容易くわたしの父親の顔写真をパソコン上に表示されたではないか。

親爺二十歳の初々しい素顔に違いない、大正9年3月に石川師範学校本科第一部の卒業記念写真が目に前に飛び込んできたのです。

詳しいことは知る由もないが恐らく一時は秘匿情報で在ったであろうが期限きれで全面的に公文書の情報開示がネット上オープンになったのでありましょう。

公文書の情報開示はもはや時代の潮流に為りつつあって、そうなって然るべきことだろう。

 

往時の写真資料が破棄されずに済んだだけでも御の字ではないか。

 

親爺さんはやはり何んと云っても親爺さんに似ていて当り前だが親子なので何処となく此のわたしにも雰囲気が似ているようだ。

それにしてもわたしには何時も厳父であった父親が斯くも柔和に映るとは矢張り齢の所為だろうか。

当然弟たちにもよく似ているよ。

 

 

 

老いのひとこと

若かりし頃用いたスキーのストックを持ち出し外歩きに際し二本杖を突くことにした。

山歩き専用のものもあるらしいが廃物の再利用と決めた次第、

見っともない見苦しい限りながらお構いなしのへっちゃらだ。

さすがリングの部分は切断したが何分長さが長すぎはしまいか。

肩が張って肩がこる、脱力脱力と言い聞かせるが慣れるまでは仕様がなかろう。

突く位置を体の後ろにして上手に扱えば自然と体が前へ押し出され歩みが楽になる。

但し歩調のテンポが速くなり可成り疲労感があり一長一短ありと云えり。

疲れて突く気力失えばストックを引きずるザマは様になりませんが、でも二本脚より四本脚の方がバランス感や安定感を得るのに大いに助かりますよ。

二本杖を上手に使いせっせトットと歩み給えよ。

 

 

 

 

老いのひとこと

ああ棒切れや

 

つわもの気取りの

 

夢のあと

 

 

法定の形のために仕立てた木剣が二本、日本剣道形を演ずるための太刀と小太刀、取り分け愛用の使い慣れた本枇杷木刀はわたしの分身だ。

黒檀まがいの木刀は重くて使い物にならず飾り物に過ぎなかったなあ、悪かったなあ。

素振り用の赤樫木刀にも水牛の本革製の鍔が装着するではないか。

 

しかし今となりては只単なる棒切れ、木片の切れ端と化した、極めて残念至極と云えり。

然りとてゴミ処理場へは行かせたくない、願わくば我が柩と共に火にくべて欲しいものだ。

 

一介の剣士を夢み強者気取りで精進したが精進足りずに老いぼれ朽ち果てる、夢のまた夢で在ったなあ。

 

鍔付き赤樫木刀は舟田氏に贈与した、快く受け取って呉れてなによりだ、善きお人に引き継がれ何よりだ。

 

 

 

 

老いのひとこと

一度限りの命、誰しもやがてはのたばり自然消滅するのを待つしかないのだが何分慾ったましい性分ゆえ延命策に汲々する。

憐れと共思しき其の魂胆はいつも閻魔大王さんからは笑いものだ。

最近はとみに下り勾配を意識するようになった、守備範囲が極端に狭まり鶴来は元より額谷からも遠ざかった。

守りが甘くなり路上転倒なる致命的エラーを恐れるようになった。

防禦の姿勢が見れない様になり果てた、つまり攻めの気勢が枯渇し無尽蔵にある筈の気力すら失いかけたようだ。

 

此れは拙い。

木刀を引っぱり出す。

手の内を確かめてみる。

老いのひとこと

少し寄稿が遅れもうモクレンは散りそめる。

 

 

今日も歩める喜びを噛みしめながら一歩一歩を踏みしめる。

晴天下に雨傘携え如何にも泥臭いが擦れ違う人影もなく何処までもマイペース平気そのものだ。

目にする自然の風物だけを愛でる、又してもモクレンの花芽ほころび今にも咲かんとす。

大きく膨らんだね、みな和気あいあい気兼ねなくマイペースで日光を浴びる、モクレンたちには互いに競い合う気風はどこにもない。

それでいいのですよ。

 

カエデ並木の小石畳には苔生す緑の絨毯が敷き詰められる、わたしは好んで其の柔らかい感触を足の裏で感知するのです。

 

柔らかい日差しの苔の道に一羽の蝶の亡骸が横たわる、まさに此の瞬間に息絶えたかのようにわたしには思えた。

そうか君は善き場所を臨終の地としたものだ、そうかそうかと労わるように目で撫でてやった。

 

君はきっと岐阜の美濃の山地で羽化し翼はためかせて白山の高い峰々を山越えし遥か平栗の地でカタクリを愛で、そして此処あすなろ公園のスミレたちに逢いに参ったに違いなかろう。

天下の「ギフチョウ」の使者が此の苔むした緑の絨毯の上に舞い降り見事にその生涯を終えましたか。

そうかそうかと目で労わってやりました。

 

今日は早春の好いお天気の日なかではありませんか。