老いぼれへぼ教師の回想記《1》

退職して十五年が過ぎた。昔を思い出しながら渡り歩いた勤務校でのエピソードのいくつかを綴ってみた。
今昔の感をあらたにしている。わが記憶の片隅にそっとして置けばよいものを敢えて公けにしてしまった。やはり未曾有の出来事、311大震災が切っ掛けとなったであろう事は以前述べた通りだ。


端書
半端な人間でいいじゃないか

 わが人生をつぶさに顧みるに、いかにひいき目に見ても凡庸の域をでることなく中の下以下のうだつの上がらない存在だった。見ての通り社会的な地位も肩書きも持ち得なかった。
教師というパブリックサーバントとして人材育成という偉大なる使命を持ちながらもからっきし果たすことなくあっけないピリオドを打ってしまった。誰からも一顧だにされないのである。
それは当然のこととして、この私には知的能力も知識量も記憶力も理解力も判断力も忍耐力、包容力、統率力も、そして説得力や指導力も更には他人を受け入れる雅量も世渡り術や社交術すら何から何まで中の下以下の存在でありとあらゆる分野に於いて中途半端な関わり合いしか持ち得ないという実にいい加減な、そして気難しき厭なヤツに違いがないのだ。
斯くなる内面的負の資質のみならず物的外面的財産とて何とか居住する空間だけは手に入れたけれどそれ以外のプラスの資産は無いに等しい。
つまり、この世の不条理と言う辛酸を舐めつけさせられ他律的に全てをきれいさっぱり奪われてしまったのだ。
 それ故にこそ、何にもないオールナッシングの身を自分の手でカバーしフォローせんがために無我夢中でもがき続け足掻き続けもした。この記録はその爪痕に他ならない。
 いかなる時においても血縁ある者同士の絆を密にして安住の拠りどころとして捜し求めはするものの、当たり前のことながら粘土細工のように何もかも思惑通りにゆく筈もなく傷つき消沈する場面にも遭遇するのである。
唯一、この親族間の連帯も思うに任せないとすれば、それはおのれ自身の人としての愚かな性に起因することだと見定めざるを得ないのである。
 何はともあれ、この際可能な限り赤裸々に己が人生縮図を曝け出すことを意図した。
それが如何に稚拙な思索であっても破廉恥すぎる行為であっても、全ての真情を吐露し尽くすことに意義があり、自ずと懺悔録としての形を成そう。侘びしき者の負の財産でかまわないのである。
 醜悪の権化ともいうべき、己が醜態を演ずる修羅場に等しき生き様をつぶさに愛しき子や孫たち、妻そして親族、私の人生に関わりし幾多の方々の前へ暴露するには大きな勇気を要したが敢えて決断するに至った。
 けだし、この生き様だけを皮相的で無味乾燥な文言でいくら連ねてみても、読む者に対し嫌気を誘うのみで単なる弱虫の言い訳にしか見做されないのである。
敗者による弁解ほど見苦しきものはないことは自身よく承知するのである。
 それだからこそ、己が生き様の中で培養し続けた見苦しい人間性と宿命的な性根の依って来る要因をつぶさに自己分析し、おのれの中に巣食う諸悪の根源として捉え、それを自身の手で糾弾しなくてはならないのである。
この基本線に沿ってこの拙稿の中枢を貫かねばならないと作意したつもりだ。
更には罪滅ぼしに何をなすべきなのか。何をなし得るのか。懺悔するとは何を意味し、何をなすべきなのか。幾ばくもないわが余命においてこの宿題に如何に誠意を以って取り組むかにある。
この自分史は、手抜きすることなく安易な方法で手を打ち妥協することもなく、只ひたすら何にもないオールナッシングのこの愚鈍なる男が本当の人間像でなくてもせめて普通の人間像を一途に捜し求めながら悪戦苦闘の末に綴った記録に他ならない。 
繰り返すが、普通の人間にも成れずにこの愚直なる男は、やはり赤恥だけを遺して逝ってしまったと言われても仕様のないことなのだ。