老いのひとこと

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無断掲載



先日のこと、新日本風土記で「釜ヶ崎」を松たか子さんの案内で訪れた。


 


確かにかつて行ったことはある。


環状線大正駅から何度か天王寺動物園へ赴いた折に帰り道に何の気なしにあいりん地区まで足を延ばしたことが在る。


日中ひなかで在っても何となく警戒した。


やはり偏見差別のフィルタで足元を見てしまう。


 


 


昨日は真冬の釜ヶ崎をカメラは捉えていた。


路上生活者には死との隣り合わせでそんな中でも安眠の夢を追う姿が映し出される。


 


バブル経済期の落とし子に違いない暗い宿命を背負う人たちが彼方此方にうずくまる。


先日の坊さんの言う第三の死を甘んじて受け入れた人たちのようにも窺える。


近くには聖徳太子ゆかりの四天王寺が在るが救いの手はおろか線香の煙も読経の声もない。


在るは善意の隣人たちの愛の手であり其の手で愛情籠もる握り飯を握り餅をつく頼もしい光景だけなのです。


何んとこころ優しき子供たちが夜回り隊を編成し彼らを慰問し笑顔を振り撒き寄り添い激励する姿が其処にありました。


何んと清々しい清らかな光景であったでしょう。


 


確かに度肝を抜かれたが其処には底抜けに開放的な自由と人間臭い匂いが立ち込める。


此の番組を見て返って此方が生きる元気を戴きました。