老いのひとこと

f:id:takaotm1101101:20200410065643j:plain

奈良時代の僧泰澄は白山へ登り白山を開いたという。

その泰澄が山頂にて瞑想いたせば十一面観音菩薩が現れて自らを白山明神を名乗ったという。

つまり仏が神の姿となって現れたのだという。

生きとし生きるものを救うために仏が神の姿に化身して仮の姿として現れた。

即ち「白山明神」なるものが「白山大権現」そのものになる。

然るに「白山比咩神社」の御祭神が「白山明神」に違いないとすれば「白山比咩神社」そのものが即「白山大権現」と相成りはしまいか。

「白山さん」のお祭神を道場に掲げてみるのも乙な趣向となりはしまいかと判断した。

此の道場の代用神殿と相成らんとことを望み謹んで我れ試さん。

博道の道場訓に色を添えたことになる。