老いぼれへぼ教師の回想記《43》

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すでに故人となられて久しい。
恩師北村忠雄先生から剣道の厳しさ、奥ゆかしさ、男らしさ、優しさ温かさ等々日本人としてのバックボーンをわたくしの背骨に植え付けてくださった紛れもない恩師だ。
仰々しいが息子のように可愛がっていただいた。
気に掛けていただいた。忝い (かたじけな)思い一入 (ひとしお)なのです。
 
何を隠そう。
剣道の猛者でいられた先生のご立派な御子息がお若くして急逝なされた不慮の災難がその背後にあったのです。
やり切れない思いがするのです。
 
 
その四 鳴中や 通り過ぎたり 駆け足で(4) 
                   
剣道との出会い (上) 
 
 金沢東警察署の庁舎の四階に道場があり鳴和中の剣道部の道場を兼ねていた。
 警察官OBの 北村 忠雄教士七段がじきじき指導に当たられた。
 私自身は剣道部顧問でありながら正に本物のコンモンに過ぎなかった。不甲斐ない次第であった。
 ところがとある日、一念発起し道場へ足を踏み入れた。道場の床を踏むこと自体が剣道修行の第一歩と心得て静々と足を踏み入れた。 
 案の定 北村 先生からはとうとうとした口調での説諭中であった。諸注意が終えて稽古再開のその矢先に異様な雰囲気に包まれた。
 突出した立派な体躯の一生徒が、激しく咳き込んだと同時に口いっぱいに含んだおのれの唾液のような唾を思い切り道場の床へ吐き捨てた。
 そして、逸早くおのれの足の裏へ摺り込むではないか。その日の道場は異様に滑った。
目的のためには手段を選ばなかった。彼にはこのような一面があった。熱血漢の面影は既に芽生えていた。
 確かに礼法を尊ぶ道場に於いては無作法過ぎはしまいかという懸念はあろうけど、何よりも赤裸々な敢闘精神を剥き出しにした一途な行動には、さすがに 北村 先生とて言葉がなかった。
道場一杯に張り詰めた緊張感がみなぎった。先生はこの効果を待ち望んだのだ。