老いぼれの独り言

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日本人の奥ゆかしさの一つに「こころで悲しんでも顔で笑いなさい」という言い種がある。
義憤に堪えぬ怒りに遭遇しても顔と目は優しく笑みを湛える優雅さを尊ぶらしい。
 
北上する台風18号を横目で見ながら「川祭り」の諸準備は間断なく降りしきる雨の中敢えて決行された。
わたしは会場近辺の路上の草むしりを仰せ付かっていた。
雨合羽に身を包み降りしきる中除草作業に入った。
程なくして、実行委員のお方がわたしの下に近寄り”大会委員長からの指示で草むしりは中止と決定したのでしなくてもよい”と云って立ち去って行った。
しかし、わたしは構わずに草むしりを続行した。
会場作りのテント設営には壮年層の赫灼 (かくしゃく )たる兵隊さんが (たむろ )しているではないか。
役立たずの老兵は老兵らしく草をむしってご奉仕すべしと自ら判断した。
雨の中長時間立ち竦めた。
ゴム合羽は内から蒸れで全身びしょ濡れだ。
程なく別人の実行委員のお方が再度念を押すように本日の除草作業は大会委員長により中止されたので作業を中断するように促がされた。
付け足すように、“あなたのようすは川向こうの衆目が認めているのだからもう草をむしらなくてよいではないか”とおっしゃった。
つまりは川向うの大勢のみなさん方はあなたの仕事ぶりをつぶさに観察されていたのだからもう良いだろうという意味ではないか。
些か心外に感じた。
わたしは対岸の他人様に良い子ぶりっ子振りを見てもらうために雨中にも掛からわず老骨に鞭打った訳では決してありゃしないのだ。
此の齢にしてそんなことを為して何の御利益があろうことや。
わたしは耐え切れぬ義憤に煮え繰り返ったがわたしはしょぼくれ顔の目ん玉だけは精一杯の笑みを (こしら )えるように相努めた。
情けない。
 
只わたしの作業の最中、とあるお方がわたしのむしり取った草をゴミ袋に回収されながらわたしの顔を覗き込むように『雨の中大変だ。ご苦労さん』と凛としたお声を掛けてくださった。
本物の紳士がちゃんといらっしゃったことで安堵した。