言い訳はよろしくない。
余りの暑さについ白の一重木綿の稽古着を着用してしまった。
煮え立つ暑さでも藍染の木綿の胴着は常識であり基本中の基本でありましょう。
此の先人たちの教えをないがしろにした付けが回り天罰が直ちに下りてしまった。
例会の鶴来日曜会稽古、茹だる道場に遠慮会釈なしに西陽が差し込む。
間断なく打ち込む、身も心も曝け出して何もかも持てる全てを出し切って一本の打突が完了する。
今日の参加者数が偶数であったので待機するいとまなく文字通り間断なく打ちこまざるを得なかった。
息はずみ汗全身を被い胴着に纏わり付く、その時点で一重物の欠陥に気付くがもう遅い。
此の日も、専らわたしは自分自身に課している「右足攻め込み正面打ち」に徹しました。
右足をするすると摺り足にて攻め込む暫しの間全神経を研ぎ澄まし相手を観る。
此の間の「溜め」を確認し直ちに空かさず左拳頭上に翳し大技で相手に圧し掛かっていくのです。
余勢で数歩はしり相手に残心姿勢を確と執り打突完了を意識的に確認いたすのです。
また、汗が噴き出す。
目の前がくらくらする。
小一時間が長い、恥ずかしながら恨めしそうに時計の針を盗見いたすのです。
漸くにして、打ち止めとなり最後の切り返しに入らんとした時に相方から突然声が掛かった。
“高橋さん、どうしたのですか”
“出血ではありませんか”
みれば、右そでが鮮血で滲んでいる。
何のことはない傷口はスリキズではないか、大した事でもない。
体当たりされた折に胴の一部と接触したのだろう。
愚かさを暴露したも同然、体捌きの基本の欠如に他ならず当方の落ち度による不祥事であったのです。
その無様な姿で帰ろうと致せばお若き剣士たちから「高橋さん、その恰好で片町通りを歩かないでくださいね」
「香林坊まで行くと交番が在るのご存知ですね」
と優しく冗談口をたたかれたのでした。
本日ほど剣道を実感した日はない。
善きにしろ悪しきにしろ今日は剣道の醍醐味をいやと云うほど味わったことになる。