老いのひとこと

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日本人でありながらわたしは巣鴨拘置所がどこにあるかは今以ってよく知らない。


でも其処で多くの戦犯たちが処刑され日本国が断罪されたことはそれとなく知っていた。


また、此の巣鴨拘置所で日本国が断罪されたその時に事の一部始終を目の当たりに為されたお方が此処金沢所縁の方で在られたことは甚だ恥ずかしながら存じてはいなかった。


遅ればせながらも本日、その宋林寺の寺門を訪ね先々代に当たる花山信勝住職の偉業の数々に直に接して参ったのです。


青色インクで認められた七名の署名の実物本体は金庫にて厳重保管されている由、一般には公開なさらないとのことでした。


ワインのボトルも確かに片隅に置かれていた。 


花山信勝教誨師のもと多くの戦犯者たちは己の罪業をものの見事に懺悔し阿弥陀如来に帰依していった仔細なる経緯は著書「巣鴨の生と死」で勉強させて頂きました次第です。


ページを捲る毎に人前も憚らずに止めどなく惜しげもなく堰を切ったように無性に涙が溢れ落ち大いに戸惑いました。


頑なに日本国神道を信奉する国粋主義者であり歴とした軍国主義者であったはずの彼の人たちが教誨師花山信勝の前に出ればいとも容易く豹変してしまわれた。


軍国日本を先導なされた彼の方々が仏の教えを理解し信じ切り悟りの境地を得てこころ安らかに満ち足りて絞首台の露と消えて逝かれた。


その方々の遺品遺書の品々が所狭しと展示される小奇麗な部屋の中には少なくとも遺恨とか怨恨とか怨嗟と云った血生臭い匂いは一切しない。


至ってこころ平穏で和む、つまり平と和の二文字「平和」の文字があちらにもこちらにも見受けられたのです。


戦犯と平和とは一見相容れない矛盾した概念かも知れないが此の方々が後世のわたしたちに平和の大切さ尊さを無言で訴えられているのだとわたしは感じ取りました。


機会あらばもう一度宋林寺へ行ってみなければなりません。