風誘う
花の絨毯
踏み締めて
この句の詠み人の名は判らない。
春うらら、突然の陽気が訪れバイクを乗りまわす。
弥生町辺りで今満開のさくらに圧倒され暫し見惚れ佇む。
その折に記念植樹された樹齢七十年を超す百本の老大木は未だ若き力を囲って矍鑠( かくしゃく)と咲き誇るではないか。
戦後の風雪にも耐え今を盛りに春爛漫の季節を謳歌する。
三々五々春を愛でる市井の人が行き来する。
ふと目をやれば腰をかがめし老女が一人さらに俯き加減に小さき手帳に何かしら鉛筆を走らせて居られる。
見るからに推敲を重ねられるご様子、暫し鉛筆が休むのを見計らい失礼ですがどのような句を詠まれましたかとお声を掛けてしまっていた。
いくら老女であれはにかみ恥じらいの色隠さず少し躊躇為されたが開き直るように如何にも堂々と一句詠まれたのでした。
その声朗々としてぴりりっと決まる。
さすが文化の風土に抱かる金沢人の為せる芸の風格にわたしはたじろぐばかりでした。
大正12年生まれの94歳という。
偶に、仲間内と句会を開いて此の歳にしてなお勉強中なのだという。
あまりにも恐れ多くて俳号をお聞きするのを遠慮してしまった。
風さそう
花のじゅうたん
踏みしめて
風に煽られ散り敷く花弁がまるで絨毯のよう
その上を歩まざるを得ない老女のこころ内が
詠まれたのでありましょう。
からだの外形はともかく内なるこころには今以って若き力が燃え盛るお姿に深い感銘をいただきました。