老いのひとこと

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大阪の小3になる双子ちゃんたちは背中にそれはそれは重い宿題ドリル帳を背負ってやってきたのです。

束の間の正月休みにも拘わらず休む間もなくドリル帳に首ったけまさに格闘しているではないか。

余程難問らしく先ずは母親が入れ智慧を授ける其の横から父親が意見を添える。

3の国語の問題を巡ってえらく親子間の問答が賑やかなのだ。

どんな設問かと目を遣れば殊の外難儀ではないか。

わたしとて戸惑うばかりではないか。

いやあ驚きました、小3の国語の読解力のレベルの高さに魂消てしまう。

繰り返し熟読を重ねてもしっくりと場面設定がまとまらない。

著者宮川ひろの作品「しっぱいにかんぱい」からの引例文で親戚の集まりで各々が失敗談を披露し合う。

1のまなみが洋の失敗体験を語り始めるがまなみにとり洋は一体弟なのか従弟なのか年齢や学年もさっぱり分からない。

全て読者の想像に委ねる。

これは初っ端小学三年生には過酷な要求になりはしまいか。

失敗を仕出かした洋を庇ってくれたいたずらっ子の大樹くんと此の洋との信頼関係が芽生えた経緯は文中には何処にも書いてないが此れを小学三年生が自分の頭の中で想像し思い描かねばならない。

物凄く高度なことを小学三年生に要求しているようだ。

此れを授業で教え小学三年生に理解させるには相当の説諭力説得力が要求されましょう。

こりゃ先生も大変だ、雑務に翻弄され教材研究の時間がないと聞く。

確かに小学校の先生も大変だ。

子どもたちも大変だ。

 

 

何よりも言いたきことは読解力よりももっともっと大事なことを彼らに授けてほしいことだ。