老いのひとこと

甲高い抜けるような槌音が鳴り響く、他人の家であれ夢と希望が混ざり合った心地よい響きが辺り一帯に響き渡る。

 

古式に則った棟上げ式なども現代風の工法ではもう姿を消し、最早昔話となっしまったのだろうか。

 

今や嘗ての其の趣きはない、細長いクレーンが空に切立ち資材を吊り上げ引き上げる、所謂プレハブ工法となってしまった。三日後には外観が整いもう既に内装の作業が始まった。

 

外歩きを嗜みながら高橋川に差し掛かると其の建築現場に出くわすのです。

 

工事の邪魔だろうと対岸の川沿いをゆく、ちょうど其の場所に倹しい二階建て集合住宅が在って其の一階の一つのちっぽけな古ぼけた日除けの簾の掛るベランダの蔭から其の家の住人がぽつねんと佇み川向こうの建築現場に虚ろな視線を投げ掛けている。

 

次の日にも同じような時刻に其処を通れば昨日と同じように独りのお年寄りが川向こうに目を注がれる。

やはり、虚ろな目で憂いをただよわせ対岸の新築家屋を恨めし気に羨まし気に深い諦めの情をただよわせて眺めているではないか。

何故か知らぬが此の見ず知らずの孤老の心中が我が胸中に以心伝心する。

所詮、手の届かぬ高値の花に違いなかろう、格差社会の冷酷な現実を目の当たりにした。