続うらなりの記《25》

孫が小学四年生か五年生の頃、昔の人たちの遊びについて思い出話しなどあれば尋ねて来るようにとの宿題があつた。
その時の書き起こし文が見つかった。
丁度自分の少年時代の出来事と重なったので掲げることとした。
 
 
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 川遊びをしました。犀川の河原で水泳をしました。川の水はとても美しくてたくさんの子供たちが泳いでいました。
 ところどころに、淵(ふち)といって背が立たないとても深い水のよどんだところもありました。川の水が逆流して渦(うず)を巻いているところもありました。
 昔の学校の先生も親たちもまわりの大人たちも、そこは危険だから泳いではいけないと注意する人はあまりいませんでした。
 子供たちは自分の命の大切さを自分の体験の中で、自分で守ることを、自分で覚えていきました。
 今から考えると少しやばいことかもしれないが、おぼれそうになったら自分の力で必死になって無我夢中(むがむちゅう)で命を守ることを自分で覚えたといってよいのです。
 大自然という先生に教えてもらったことになります。
 そうなので、けいたが泳げるようになるためには一度おぼれる経験をすることがあってもいいのじゃないかと思うのです。
 じいちゃんが泳げるようになったのは、そこでアップアップして渦に巻き込まれ川の底まで引きずりこまれたとき水の中で見た太陽の光でした。
 太陽の光をめざして死に物狂いで浮かび上がったのです。それがはじめての泳ぎでした。水をたくさん飲みました。
 それでも浅瀬にたどり着いたときじいちゃんはこれでやっとお友達の仲間入りができたと思いうれしくなったのです。
 変ですね、自分が死にそうになりながら、うれしいとは変ですね。昔の子供たちはそのようにしてお友達をつくり、お友達を思いやり、お友達と仲良くして遊んだのです。
 けいたよ、実を言うとそのころじいちゃんは自分一人だけが泳げなかったのです。くやしくてくやしくて毎日のようにして川で練習をしたけど泳げなかったのです。
 そのとき、じいちゃんのお友達たちがわざとじいちゃんがおぼれるようにうまく仕向けてくれたのです。
 このようにして昔の子供たちは友達同士が助け合い励まし合いをしながら楽しく遊んだのです。
 そんな日本の国になったらいいよなあ。