「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」先生は理念を地でゆかれた
剣禅一如を地で行く人なのである。
蛇足ながら、拙詠ブログ下手糞老いぼれ剣士の夕雲考《12》《13》《14》《15》にて長々と連載させていただいております。
まとめ(3)
この「切り落とし」には五つの段階があり、最初の打ちは自分を高めるための自己形成を目的とした修行であるのだという。
次第に段階を深めるにつれて、相手を引き立てながら相手を含めた周囲の環境をより良き方向へ高め導き、延いては全体に奉仕し社会に貢献するに至るのだという。
つまり、自分の命に代えて全体に奉仕し社会の貢献する領域へ剣術が立ち至ることを意味する。
信じ難いほどの崇高な「自己犠牲」「無私」の精神が、そこにあるのである。