老いのひとこと

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           無断掲載
 
 
年末のとある日に、NHKで壇蜜ルポルタージュ番組「ネパール 死とエロスの旅」を見た。
 妖艶な女優さんが今まさに末期が迫る人が横たわる病棟で易とも平然としてその患者の肉体を素手で以って擦っていたではないか。
 肉親でもない他国の瀕死の他人に無造作に慈愛の仕種を示したのです。
 決して、カメラの前での演出ではなかろう。
 
恐らく、穢れとか不浄なものをも何気なく受け入れ容認する寛大なるこころの持ち主なのだろう。
臨終に及んだ其の屍は其の場にて荼毘に付され遺骨諸共かたわらの川に流され流れ流れて終には聖なるガンジスに至るという壮大なるドラマが其処にあった。
炎々と燃えさかるダビの火の何んと荘厳なる事か、わがこころを離れない。
ヒンズー教徒の人たちが死に直面しても其の死を恐れることなく素直に受け入れ神の教えに従順に従う数々の場面に遭遇した。
彼女はその厳粛なる場面に違和感なく自然に溶け込んでいたのです。
 
また、とある仏教寺院に展開されるエロスの世界、余りにも赤裸々過ぎて度胆を抜かれたが人間男女の刹那の快楽を否定することなく大っぴらに肯定はするものの更なる其の上には人生最大の永久不滅の悦びがあることを我らにさとし給うた。
 
愛も死をも大きく包み込んだ充実の人生を追い求めることは人類共通の願いであることを知らされた。
敬虔なるネパールの人たちはわが家族の安泰のみならずみな等しく世界の平和を口にして祈っていた。
立派です、それだけで十分なのです、見上げたものです。
どこかの国のように、何かを前提にして余りにも物騒なことを考えない方がよいのかも知れません。
 
このNHKの番組を見てそんなことを感じた。