玉川図書館蔵 俳人の書画美術第6巻より
随分昔の事だが、わたしは義父と義母から形見分けとして何がしかの書画の類いを拝領していた。
それらは古びた長持の中で長らく眠りこけていたのだがひょいとした切っ掛けで中を覗いてみたら面白いものが出てきた。
薄汚れた掛け軸で相当に和紙の劣化も進んでいる代物にすぎません。
処が、よくよくそれを眺めて居る内に辛うじて、『名月や 池をめぐりて よもすがら』と読めてきたではないか。
確かに芭蕉の句であると察しがついたのです。
此れは如何なものでありましょうか、大したものではありませんか。
半信半疑ながらも、他の句も読み取ろうとじいっと食い入るがまったく分からない。
でもその内に、何となく「花の雲・・・上野・・・」の文字が薄ぼんやりと見えたのでネットで検索致せば、瞬時に芭蕉の句『花の雲 鐘は上野か 浅草か』が飛び出てきたのです。
強力な助っ人たる文明の利器に力を得て次をさがせば、此れ又かろうじて「一こゑの・・・よこたふや・・・」と「・・・・あしたかな」の文字が微かに読めたので早速片言の単語と芭蕉の文字を打ち込めば物の見事に正解がデスプレー上に現われでたのです。
瞬く間に難解極まりないミミズが這い回るようなくずし字変体仮名が物の見事に氷が解けるように解明できたのです。
『一声の 江に横たふや ほととぎす』
『馬をさえ 眺むる雪の あしたかな』
何れも芭蕉が詠んだ名句であったのです。
憂きことばかり多かりし中にあって近来稀なる溜飲下がる出来事となったのです。
加えて何んと驚く勿れ、画面に著わされる芭蕉の句と芭蕉の肖像画を揮毫した人物が加賀藩に仕える研刀御用係の藩士であると同時に俳人として名を馳せ書画にも長じた「桜井梅室」なる人物であることが遂に判明したのです。
確証を得ようと玉川図書館にて「梅室」の直筆書体と照合いたせばほゞ合致致すことを此の目で確かめたのです。
贋物の贋物たる由縁は何と云っても本物そっくりに偽造していることだ。
問題は此の掛け軸が本物か偽物か、真偽のことを確かめる作業がこの先に待っているのです。