老いのひとこと

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無断掲載


五年前の三月十一日は終日に亙り猛々しく荒れ狂う大自然の猛威を見せ付けられました。


生々しく描写し続けるテレビカメラの威力を今更のようにまざまざと知らされた。


地球開闢の頃のようすを見ているような気がしてならなかった。


目の当たりに人命を呑み込んでいく音を立てて文明を叩き壊していったではないか。


15894人の人柱が犠牲となり今なお2561名の御魂が行方知れずという。


今以って避難生活を強いられる17万有余の方々の上に乗っかかる様にのほほんとわたしは今日も息をしている。


怒り狂う大自然の脅威を( なだ) ( すか )さんとの方々は自らの命を生贄 ( いけにえ )として捧げられたに相違ない。


今日ある我等の命は彼の方々の尊い犠牲の上にこそ成り立っているのでしょう。


いくら感謝しても感謝し切れない。


今日ある安泰の命の有難味を教えて貰ったのが五年前の311大震災に違いない。


生きる事の大切さを授けて頂きつづけているのです。


 


 


今日の朝刊の一面の大見出しは満天の星空に抱かれる大川小学校の全景でした。


校舎も教室も運動場も裏山の木々も北上川の川面も静かに微笑んでいる。


裏山の方から子どもたちが何事もなかったように屈託なき笑い声を高らかに鳴り響かせてはいるような気がしてならない。


 


 


奇しくも彼の方々の願いが届いたのか高浜原発の運転を差し止めする英断が下りたのです。


司法権の独立」の尊厳さを今更のように思い知らされた。


天晴れとしか云いようがない。


 


 


併せて、彼の方々に牽引されるようにしてわたくしは恙無くも日々発信することが適えられたことになる。


お蔭で五か年間まっとう出来ました、ありがとうございます。