老いのひとこと

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忘れもしないわたしの愛犬リリーの命日は2012年の8月31日です。


身内を失った寂寥感と哀惜の念を紛らわすためにそれ以降自転車を乗り回すことをなりわいとするようになった。


それ以来ずっと雨降らぬ限りは我が家のママチャリに乗って徘徊することが習慣づいてしまった。


余程のことがない限りお決まりのコースで自称額四峠越えを走る。


先日の事、峠を越えて四十万に入り小学校のグランド辺りで愛車に突然トラブル発生した。


パンクではないがペタルが急に軽くなり空転しはじめた明らかにチェーンが外れたことに気付く。


未だかつてないことが起こったものだと下りてみれば何とカバーで覆われれ寸分の隙間もない。


むかしの経験を生かすわけにもいかず工具の持ち合わせはあるはずもなく途方に暮れてしまった。


携帯はなし公衆電話もありそうにない情けない顔をしてしばし歩いていたら野良仕事中のお方より程ないカ所にサイクルショップがあることを聞き出しほっと胸を撫で下ろした次第なのです。


自転車屋さんは外れたのでなく切れてますな、ジョイントを取り替えますよと実に手際よく修理は完了しました。


 


ブチ切れすることがあっても一向に頭の方は切れた例がありません鈍い方です。


此の際、切れたのはチェーンであってよかった。


毛細血管なら内出血で済むが頭の方で切れれば命取りになりかねない。


何事であれ切れることも在り得ることを肝に銘じておいた方が好さそうだ。