高知と京都をあるく≪5≫

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宿に車を置いて市内を回ることにした。


まずは土佐に来てはりまや橋を見ないわけにはいくまい。


あるいて程ないところと聞いたが引き摺る足には結構きつい。


勿論、往時の播磨屋さんと櫃屋さんの面影は何処にもなかったし坊さんがかんざしを買う姿なんて捜したって在りようがなかろう。


むかしの雰囲気を味わうだけの余裕は残念ながら此のわたしにはなかった。


次いで龍馬が生まれた旧坂本家跡を目指す。


歩行訓練を主眼とした旅だったので兎に角あるいた。


しかし行けど歩けど現われない、市電が走る出勤登校の自転車が真横を疾走する。


休み休み漸くにして着く、龍馬フアンでなくともただ唖然として固唾を呑むばかりの存在でした。


丹念に見れば丸一日ものだ、お勉強の場として興味は尽きない。


龍馬が口にした数々の名言を書に認めてあったが龍馬フアンの現代書家横田龍堂師の手に依るものであると教えられた。


龍馬の視線を意識しながらもあたふたと館内を巡らざるを得ない自分が不甲斐ない。


 


暗殺5日前の龍馬の書簡を解説する音声がまるで龍馬の生の声のように錯覚して聞いた。


 


市電に乗って高知城へ向かうが予定のコースの歴史資料館は割愛せざるを得ない程わが体力は消耗し果てた。


それでも我を張って高知城への石段をよじ登ったが城内への入場は二人に任せわたしは諦めざるを得ない。


急な階段で足手纏い必至、いくさに為ろうはずがない。


 


ひろめ市場という市民の旺盛なる胃袋の中に迷い込んでしまったようだ。


所狭しと食材屋さんが店を並べ犇めき合い皆さん夫々その場で舌鼓を打っている。


格安料金で飛ぶように売り捌く、わたしはその漲る活力の前に圧倒され200円の掛けそば一椀で満腹してしまった。