老いのひとこと

舟田さんは実に探究心旺盛なお方だ、彼の叔母さまが第二高女を出られたらしく丁度時を同じゅうしてわたしの母も其処を卒業したことを知ってのことか彼は序でにわたしの母の所在を突き止めてくださったのです。

つまり、わたしの母の名前が記載されるページをわざわざコピーして持参してくださったわけだ。

わたしの母が卒業者名簿に名を連ね実在した何よりの証しになりましょう。

うら若き頃の母の匂いを嗅ぎ当てたに等しい、嬉しかった。

 

 

此の事を切っ掛けに父忠勝のことを調べて見ようとの気持ちに急き立てられてしまった。

先ずは文教会館で大正9年に師範本科第一部の卒業名簿から父の名前の確認を依頼したら後日返答とのことで断念、其の足で市教委の門を叩いたのだが此処では2週間後に連絡するとの連れない返事、此れでは全然埒が明かない。

 

国のトップの行政官たるあの御方と

全く同じで「やる気がない」ことを察知した。

 

ヤケクソで泉野図書館にとぼし込んでお伺いを立てれば此処では初めてパブリックサーバントらしき誠意ある態度に接して安堵した。

玉川図書館に所蔵されるとの案内を承った次第だ。

 

昼めしを摂ってからお出掛けだ、昭和17年に山越印刷より出版された「石川県師範学校同窓会―会員名簿」にお目に掛かれた。

何分、戦時のまっ最中物資不足に喘ぐ中での出版物ゆえ時の経過で以って経年劣化が極めて著しい。

腫れ物に触るようにページを開いた、真横から司書さんの鋭い目が光るのでスマホでの撮影は控えざるを得なかった。

 

其処はお役所さん、書面で申請し写真に撮る理由を明記しろという、情報提供の根拠を明確にいたす為だろうか、些か呆れ果てた。

 

師範時代の「思い出のアルバム集」で父のテニス姿は探すまでもなくなかったのだが104年の昔にタイムスリップした若かりし頃の逞しき父の雄姿にお目に掛かれたような気持ちにさせられた。

 

晴れた日には野田山墓地にて報告いたすことにしよう。