老いぼれへぼ剣士の夕雲考《29》

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掲載の写真は市立泉野図書館にて撮らせてもらったもの。500ページに及ぶボリュームである。
「猫の妙術」は428ページより435ページにかけて覗える。
残念ながら、わたしは英文は読めない。字引きを引くのも億劫だ。甚だ身勝手だ。
加えて、古文書も読めない、漢文すら梃子摺る有り様で情けないの一語に尽きる。
恥ずかしいのです。
 
何故かしら、この著今以って英文のままで日本語に訳されてはいない
 
鈴木大拙は夕雲をどのように観察し評価したか(9)
 
 
何故ならば、戦後発行の英書「Zen and Japanese culture」の巻末に“The swordsman and the cat”という項を設けて余す所なく全編を付記しているのである。
いずれにせよ、鈴木大拙が針谷夕雲と小出切一雲というさほど著名ではない兵法者を、上泉秀綱や柳生宗矩宮本武蔵らに伍して互角に取り立てて、敢て欧米人に紹介する必要性がどこにあったのだろうか。
いや、果たして欧米人に紹介するに値する真実の意味合いが本当にあったのだろうか。
しかし、なんと言えども相討ちから相抜けへと見事なる脱皮を試みた無住心剣は、大拙にとりては特筆に価する存在だったことには違いはなかろう。
相討ちをMutual striking down と言い表わし、相抜けを Mutual escape と言う造語で以って表現した。並々ならぬ執着心と意気込みを感じ取るのである。
鈴木大拙の世界と相討ちから相抜けへと通り抜けた剣の世界とが、如何なる根拠で以って接合し、その究めつけの接点は果たしてなんであったのだろうか。
鈴木大拙にしか知り得ぬ、此の謎を解きほぐさねばならない。