うらなりの記《39》

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わたしは親父の涙を見たのは、この時が最初で最後であった。
おふくろの葬儀でも涙を見せぬ人だった。
鉄拳を振り上げながら目を見開き私を怖い目で直視しビンタが幾度となく炸裂した。
鬼のような目に涙が溢れるを見て親父の愛が本物であることを知った。
親父はひれ伏して土下座した。
おふくろが続いた。わたしはその後ろで伏した。
おのずと声にならない声と共に涙が堰を切った。
 
このピエロは、あの時のあの場面に私たち親子三人と共に、一緒に涙してくれた名演技の主なのです。
 

 
その三  父高橋忠勝(18)
 
万引き(中)
 
 
程なく、父が現れた。父はいきなり私をぶった。親が子を折檻するときの真実味がそこにあった。生半可なものではなかった。
手加減することなく父は本気で怒り狂った。鬼の形相からビンタが飛んだ。
“よくぞ、親の顔に泥を塗った”と父は両の手で私の襟筋を鷲掴みにして振り回した。
そのとき、真っ赤に血走った父の両目が潤み光っているのを知った。
父は書店の事務所内で土下座して侘びの言葉を繰り返した。その横で号泣しながら跪く母の姿があった。
私は、親の真実の愛を知り得た幸せ者だと言い切ってよいのだろうか。
でも、その刹那の時点ではあり得ぬことであったのかも知れない。