老いぼれの台湾行《9》

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その9=忠烈祠と衛兵交代
 
 日本が台湾を植民地として支配統治していた頃に護国神社の一社として建てられた場所に、中華民国政府が戦没者の慰霊を奉る社として1969年に建立したのだという。
 それを忠烈祠 ( ちゅうれつし )と呼び台湾各地に同じ名のものが点在するらしい
 なかでも此処台北の忠烈祠では衛兵交代の儀礼式典を直に閲兵が可能で観光スポットにもなっている。
 台湾の国父と呼ばれる孫文が、辛亥革命 ( しんがいかくめい )中華民国を成立せしめた。
 この革命で命を落とした戦没者を手始めに、次いで蒋介石率いる中華民国軍が日本帝国軍との15年に及ぶ忌まわしき日中戦争の犠牲者、さらには毛沢東率いる中国共産党軍との国共戦線での戦死者等々その数三十三万柱の御魂を慰霊する台湾版靖国神社に他ならない。
 些細なことだが、少々違和感を抱かざるを得なかったことが一つあった。
 たまたま台湾の地は梅雨の真っ只中で小雨に見舞われていた。
 その時、不可解な情景にわが目を疑った。
 兵士たちが傘を差して登場したではないか。御付きの兵が雨傘を掲げ持っている。
 この国の仮想敵国たる中華人民共和国とはここ近年は蜜月状態ルンルンウインウインの関係なのだと聞く。
 これでは戦意高揚も国威高揚もへったくれもない。あろうはずがなかろう。
 戦闘行為を辞さずに国土防衛に仁王立ちする姿とは全く無縁な光景であった。
 衛兵の交代シーンが余りにも厳粛であっただけに、全てが相殺されてしまった感強し。
 正味一時間直立不動まさに微動だにしない不動尊に成り切ってしまう。
 瞬 (まばた)きすらしない。鋭き眼光で見開いたまままるで蝋人形の如く決して動こうとはしない。
 久しぶりに感服し感動を戴いた。
 やはり、雨傘が戴けないことになる。 
 極めて惜しいことだと言わざるを得ない。