うらなりの記《97》

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『母よ』
③ 母が患った頃は京都で学生生活の身であった。
八月に帰省した折に大きな一つ部屋に臥す母を見舞った。
ベット数が十脚以上に及ぶ大部屋だったと記憶する。真夏の熱気と消毒薬の臭いが充満していた。
  病魔は急激に襲った。そのきっかけは我らが母にとり唯一といっていい楽しみは場末の映画館にあった。