老いぼれの夕雲考《106》

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夕雲流剣術書        小出切一雲 誌(32)
 
邪道に流される正統性=然るに師たる者は
 
㉕【面々の了簡を極意にして、名譽の上手に成て勝を樂んで、終に正理に迷ふ人も出來らんかと憚り恐るヽ所なり、第一當流修行の人は藝者の心を捨て、何とぞして兵法を藝になさぬ工夫、兵法の所作に妙不思議の生ぜぬやうにと愼む事専要なり、】
 
口語訳
 
 
その各々方は、みんな自分の考えを巡らせて物事を判断する如才なき試合巧者なので、とにかく勝負を楽しんでいるのです。
だから、終いには何が正しい道理なのか分からなくなってしまう人も出て来やしないかと憚りながら懸念しているのであります。
先ず第一に、当無住心剣流剣術を修行した者ならば、一介の武芸者としての安き心を捨て去り、何としても兵法を低俗な芸事に帰することのないように工夫しなければならない。
飽くまでもその所作には軽薄にして、ただ単に鮮やかにして巧妙なる技法に流されることだけは厳に慎むべきことなのです。このことが、何よりも肝要な事なのでありました。