老いぼれの独り言

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以前畑をやっていた頃にタマネギの苗をたくさん頂いたことがある。
ところが、そのお方は突如襲った病魔に倒れられお亡くなりになられた。
でも、とても健気な息子さんがそのお父さんの遺志を継いで畑仕事に精を出されていた。
実に気さくで誠実そうな青年で幾度か立ち話を交わしたこともあった。
サツマイモの収穫の日には母親や妻や幼な子を引き連れて一家総出でとても賑々しく楽しそうにやって居られた。
処がどうしたことか此の春先から畑をいじった形跡が無く夏草が生い茂ったまま9月を迎えてしまった。
先日の事、その畑の横を通りすがりにその息子さんの御母上がお一人でひざ上まで繁茂した雑草と黙然と格闘なされている。
お声を掛けて見ると憔悴しきった眼差しでたどたどしい口を開かれて申されるには、息子たちは仕事の都合で遠方に転居なされご自身の体調もよろしくなく病み上がり同然なのだと云う。
ただ、此の畑の草が気になって気になって忘れ難く苛み続けておるのだと喘ぐように告白なされるではないか。
たかが雑草されど雑草、真っ正面だけを向いて生真面目に生きている人間にしたら一度脳裏にインプットされた陰影は消去しがたいのである。
 
此の事を耳にしたその日のお昼頃人通りの少ないころを見計らいわたしは他人の地所へ断わりも無く土足で侵入し雑草の根元へ思い切りよく鍬を打ち込み ( ) (さら )っていた。
ここのところの秋の長雨でぬかるみおまけに地中深くに根張りがおびただしく思いの外難儀だった。
老躯ゆえ精魂詰めて鍬打てども高が知れる。
三坪か四坪ほどで体力の限界を知り、そっと目立たぬように現場を立ち去った。
齢と共に常軌を逸した大胆極まりない変梃 (へんてこ )りんな行動に及んでしまったものだわい。
何んともはや魂消 (たまけ )るばかりだ。
ただ、わたしの中には昔のタマネギの苗への恩義が今以ってうごめいていたに過ぎないのです。