老いぼれの犬日記《30》

イメージ 1
 
 例の老犬の事だがどうしても気になる。
 ある日通りかかると小屋の外に出てもだえ苦しんでいるではないか。
 わが愛犬の断末魔の形相をいやが上にも彷彿させた。
しばし目をとめて観察するが確かに苦しんではいるがようすが穏やかなのだ。
 自転車から降りてよく覗えば、どうも病苦に (さいな )まれているのはない。
 コンクリートのほんのわずかな斜面に体を落としてしまったのだが自力で復元を試みるがよく出来ないのだ。
 斜面の下の方にある頭の位置を (もた )げて四足で踏ん張り立ち上がろうとするが衰弱し切った体力では如何ともし難いのです。
 あまりにも不憫 (ふびん )過ぎて見てはおれないので背中を持ち抱えて元の位置へ還してやった。
 恐らく、わたしにありがとうと礼を述べているような目の動きに見えた。
 
 その時には、りりーを抱きかかえた時の感触が甦ったのでした。
 
 
8月13日の夕刻、通りすがりによく見ればシャッターが下りたままで様子が尋常ではない。
明らかに彼の犬君もとうとう逝ってしまった何よりの証しだ。
老衰がもとで歩行困難におちいり春先以来鎖に繋がれたままであった。
飼い主はもとより近隣の住人が此のイヌを愛撫する光景は終ぞ見受けたことがなかった。
誰からも顧みられる事無き薄倖ものであった。
なあ、お前よ“この酷暑には勝てなかったなあ。さあ天国に通じるこの階段を勢いよく駆け上り天上の野原でわたしのリリ―とじゃれ合って大いに遊んで呉れ給えよ!”
さらばよ