老いぼれの独り言

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                        無断掲載忠廣に非ず  
 
「忠廣」を今更のように自分の手元へ引き戻そうという魂胆は更々ない。
 ただ、此の「忠廣」をば四年間に渡り不法に所持した廉で一時預かりと云う名の没収に与かったことは紛れもない事実なのだ。
 「忠廣」はわたしの手元を離れ、帰らぬ人となったのも事実なのだ。
 でも、その咎は全て法律に違反した此のわたしに瑕疵がある事は言を俟たず明らかなのです。
 ただ巷間伝えるところによれば反故同然に屑鉄としてスクラップ化され処分されるやに聞くのです。
 何分にも生来の踏ん切りの悪さ優柔不断な性分から此の「忠廣」君が蔑にされ屑鉄扱いにされることが堪らなく辛いのです。
 どちらかと云えばわたしは昔から霊魂は不滅だとかあの世と称する死後の世界なんかは頭から否定し去り信ずることはなかった。
 たまたま、臨床医として生々しい現場を司る矢作直樹先生の著作に接し些か異変が生じてしまったのです。
 あの時以来、時折わたしの前に軍装に身を包んだ凛々しき若き士官候補生らしき人物がすーと現われ直立不動のまま瞬きひとつせず愁いを帯びた眼差して空を睨むのです。
 恐らく、彼の青年は愛刀と共に海底深く沈み海のモズクと消えたのでしょう。
 その後ゆえ在ってこの短刀は漁網にでも掛かって救われたものが人伝いに義父母に渡り最終的にわたしが引き取っていた。
 愚かなりし発見届けなるものを致すことなく古びた長持の片隅に匿ったままにすべきであった。
 錆びたままでいい、朽ち果てた木製の鞘の中のままでいい、間違いなく白鮫製の3寸5分の柄のままの海軍士官用短刀「肥前国忠廣」のままでわたしが匿ってやらねばならなかったのだ。
 守ってやるべきであった。
 わたしは悔いても悔やみ切れない断腸の思いなのだ。
 名も知らぬ若き海軍士官候補生らしき御君よー赦し賜え!
 悪かった!
 済みませんでした!