老いのひとこと

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我が家には娘はいないので雛人形とは縁はなかった。


恐らく義母の形見分けの品が紛れ込んだにちがいない。


「吊るし飾り」なるものが一つあって加賀手毬が吊り下がる。


対になるようにもう一個あれば良しかろうと手捻り作陶に挑戦してみた。


作業は極めて単純で、要は巨大な魚釣り用の釣り針を作ってそれを土台に固定すればそれで済む。


処が、問題はその固定のための手順と云おうか工法になる。


基礎知識乏しき者が只遮二無二暗中模索するのです。


云ってみればど素人が実に好い加減な適当な繋ぎ合わせをしてしまったことになる。


粘土を塗り手繰り包帯を巻くという至って幼稚な縫合癒着術をほどこしたのが二日前の26日の木曜の晩である。


丸二日間の経過をみたのでつい今し方、スチールブラシで代替えしていたツッカエ棒をそっと外してみれば“ああ無情”悲しいかなやはり駄目だった。


重量に耐えかねて繋ぎ目の支点が力なく折れ曲がりゆくではないか。


気休めに過ぎぬことながらその患部の上に特効薬ならぬ粘土の塊を押し付けて誤魔化した。


 


「世話あ~ない」「世話あ~あない」大河ドラマからいい言葉を教えて貰ったものだ。


心機一転、何度でもやり直せば済むことではありませんか。