老いのひとこと

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近くに居ながら長谷川等伯を見たことがない。


チヨおばちゃんのお見舞いを兼ねて行かないかと家内が誘う。


此の時を逃がせば先がないかもしれぬと思い重いハンドルを握る。


白尾に来て一瞬日本海に出くわすコバルトブルーが目にしみる。


白い波がにこやかに迎えてくれる香りはないがニセアカシヤやタニウツギの白い花がひと際目立ち藤色のヤマフジのなんと美しいことか。


カーナビなんてなくても七尾なんて近いものだ。


食祭市場で腹ごしらえ海鮮丼で張り切ろうとしたが家内は塩ラーメンで倹しくいくという。


目には見えねどもスープは間違いなく海鮮出汁美味かった。


等伯の生誕の地ここ七尾美術館にて天才絵仏師長谷川等伯の絵画展を見る。


ところが素晴らしさを通り越してその迫力に圧倒される。


近寄り難き威圧感にこころがたじろぐ。


お前さんの来るところではないもう一度顔を洗い直してやって来いと云わんばかりの強い衝撃を受けた。


わが身の存在があまりにも小さくて消えてなくなりそうだ。


人は生まれながらにして平等とはいうが事才能の在り無しが斯くも著しく雲泥の差を生じしめてしまうものか今更のようにつくづく痛感する。


帰りには高松の施設に入所中のチヨばあさんを訪ねた。


家内の母の妹に当たるお方で93歳を数える。


少々耳が遠いが口調正しく大きなお声、何より語るときは相手の眼を注視して離さない。


人の話を懸命に聞く態度はさすが凄い。


頭脳明晰に長生きする秘訣は此処にあろう。


もう一つ、就寝前に日記を綴るという、これにも感心した。


盆にまた来ることを約束してお暇をした。