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今回の古文書勉強会は「加賀藩の大横目

の文書を読む」でした。

横目をつかい見て見ぬ振りして相手を洞察する。

横目で睨みを利かせて仲間内の内偵密偵を働く。

戦国時代から幕藩時代には謀反や内通に目を光らせただろうし、また論功行賞上仲間内を観察する必要性があったのだろう。

勿論今の時代にも品を変え然るべき担当機関が鋭く目を光らせていることでありましょう。

加賀藩の大横目であった中川八郎右衛門長種が寺西主馬ほか三名の組頭へ「・・・ヒナ鳥を鷹狩り用に仕込む地域の内、中嶋河原と倉部と徳光と大野の御家中が鷹使いをすることを禁止する。

横目たちが実際に出没するので組中に注意するように促してほしい・・・」という大横目からのお達しになる。

 

 

利家・まつの長女幸姫は八家の前田対馬守長種に嫁ぎ,幸姫の妹にあたる次女蕭(しょう)姫は人持組5000石の中川八郎右衛門(光重)家に嫁いでいる。

その光重の孫が長種になり此の姉妹は共に長種にかかわりを持つという不思議なご縁と相成る。

面白い関係を知りとても勉強になりました。

 

尚、蛇足ながら今は無き存在となってしまった津田清三郎近猷の墓石に刻まれた妻遠藤鉚を称える碑文の中に夫清三郎近猷が表小将横目であったとの記載をつい思い出してしまった。

横目が身近なところにいたことになる。