老いのひとこと⑭

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母方のご先祖の霊が眠る野田山墓地へは足繁く通った。

2018年12月、歳が迫る26日の午前10時過ぎに最後のお勤めに参った。

その時に味わされた心わななく出来事は今以って鮮明に甦る。

此れは翌27日の投稿文の一節になる。

 

レンズの窓が開いて呉れない。

 

これは霊界の仕業だろうか、レンズさえもが目を閉じたまま開けようとはしない。

 

 

 

此の怪奇現象にはわたしはどうしても理解できなかった。

 

気味が悪い。

 

怨霊の呪いが怖い。

 

こんなことが在って善いことでしょうか。

墓消滅の現実にわたしは紛れもなく目を覆った。

わたしのテレパシーがわたしが手にするカメラに乗り移った。

余りにも非現実的だ。

不気味だ。

怖いではないか。

 

 

そして2020年4月5日つい先日の午前9時30分に同じ場所でわたしはシャッターを切った。

ブログにアップしてはじめて気づいた。

画面の中央部に白く靄が架かるような空洞が生じている。

わたしの意図ではない故意に編集はしていない。

心霊は写っていないが心霊以上に不可解だ。

自然な現象とは思えない。

 

 

其の靄の中に清三郎と鉚の御腹を傷めた愛児近吾の愛睦まじい親子の姿が見え隠れしわたしは安堵した。

すまん

悪かった

と詫びた。

手を合わせて心から詫びた。

出来の悪い至らぬ此のわたしが悪かったと赦しを乞うた。

靄の中に三人の愛睦まじき笑顔が見えて本当に好かった。