老いのひとこと

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おつむの仕組みが単純な此のわたしにはよく判らない。

首班指名選挙が記名投票で行われ自公各党は菅さんへ野党各党は挙って枝野さんへ入れたという。

今回は共産党が枝野さんを支持したことで新聞やテレビは大きく報道する。

ところが不思議だったのが立民とは政治理念が相容れない、しかも共産党との共闘は憚りたいと申し出たはずの玉木新党の15名の面々がみな枝野さんへ入れたらしいのだ。

でも一向にこちらはニュースにはならない。

わたしは玉木・前原・山尾らの議員が枝野に投票したこと自体が至って不自然だしとても奇異に感じて仕方がない。

世のメデアは此れには触れてはいない。

なぜニュースにはならなかったのか不思議だ。

敢えて分党まで決意した人たちが何故玉木と書かずに枝野と記したのかその理由が判らない。

其処には微妙な関係が少しは改善し歩み寄る余地が在ると判断したのだろうか。

処が片や傍らより「此れぞ別れの盃なり」の捨て台詞が飛ばされたやに聞く。

恩着せがましく枝野に花を持たせるのも此れが最後だと云わんばかりの罵詈雑言になりましょう。

 

何んと云う情けないことか東大や京大で為政術とやらを身に付けたエリートと云えども此の程度のレベルでは日本国の将来が案ぜられはしまいか。

果たしてどうなる事やら視界がもやもやして一向に気が晴れないのだ。

 

戦わずして早くも共倒れの体を成すとはいやはや何をか言わんや。

7.0%1.2%が如実に物語る。

 

又もやもう一度「秋」に向かって祈らねばならない。