老いのひとこと

 

「米寿記念 釋正鈍」と尤もらしき刺繍を施した袴に一張羅の胴着に腕を通しさあ初稽古だ。

とは申せど最早防具を着装いたせば其の重みに耐え切れず蹲踞の姿勢がおぼつかない。

相方には「失礼」と一礼して竹刀柄頭を床に置いて杖代わりの無様振りだ。

二往復の切り返しも体力つづかず一往復にてご勘弁願う。

惨憺たる有り様なれど決して手抜き罷りならず、只ひたすら身一杯精一杯渾身の力を振り絞る。

 

白山権現のお膝元たる剣の聖地鶴来の郷にて初春の研鑽に参加してきた。

 

帰り際、照明のない駐車場へ出れば一人の剣士がわたしに小走りにて近寄りわたしの防具袋をわたしの持つ手から奪い取るようにてさっさと運んでくださったではないか。

 

俗に言う剣道界での高段者への鞄持ち行為ではない、わたしは高段者に非ずして単なるしがなき高齢者に過ぎない。

 

立派な剣士が居られたものだ外気は冷たいが心が芯から温まった。