老いのひとこと

窓際族なる流行語が世に蔓延るその頃、わたしは生理的のこの言葉を忌み嫌い敬遠した。

おのれ自身は決して然に非ず、窓際族なんかではないと自負しながらも何故かしら此の窓際と言う単語に反発した。

定年を間近に控え精魂尽き果て極めて義務的に公務を果たす生きる屍同然の存在だったのだから仕方がない。

与えられた週20時の授業担当だけはそつなく熟した筈だが此の姿はまさに窓際族同然に打ちひしがれた血気無きおのれそのものではなかったのか。

丁度その頃名声を手中に納め人気絶頂の黒柳徹子が「窓際のトットちゃん」を世に出し一躍ミリオンセラーの栄誉に輝いた。

彼女が輝けば輝くほど此の疑似窓際族は「窓際のトット」を意味なく避けて背を向け逃げの一手で遠ざけた。

 

愚かしく幼稚で恥かしい大人気なき仕草が凝り固まったまま、そして忘れ去られたまま三十二年間過ぎた此の年に図らずも孫との奇縁が降りそそいだ。

不朽の名著にお目に掛かるチャンスを得たことは無上の悦びと致さねばならない。