老いのひとこと

昨秋にはさつま芋を収穫したのだが肝心の芋本体は不作で芋ツルだけがえらく繁茂した。

勿体ないことだと此のドケチは10L樽にギュウギュウ詰めにし真っ白く塩を被せ重しの下で一冬寝かせた。

三日間の塩抜き後煮物に混ぜて炊いてみたが硬くて歯が立たない。

ツルだけを圧力釜にてやさしく煮立てて見れば入れ歯にも耐える柔らかさに仕立てられました。

サクサクと歯切れの良い本来の持ち味を取り戻して呉れたではないか。

秋の味覚が再現しまさに絶品ではないか。

見れば残部がしたたか在るではないか、確かに在るのです。

此の芋ツルの素晴らしい歯触りを共有して呉れそうなどなた様かを探し当てねばならないなあ。

あの方は顔を背けそうだ、そうだあの御方と此の御方にお裾分けいたそう。

貰って貰わねば此方が当惑せざるを得ないなあ。