老いぼれへぼ剣士の夕雲考《59》

イメージ 1
 
 
 富永半次郎というお方はシャカの仏法から、仏教とゲーテを比較検討したり、とにかく広範にわたり日本文化を掘り下げられた。
わたし如き凡夫には縁遠い高邁すぎるお方である。
その富永先生が、太平洋戦争の真っ最中に剣客針谷夕雲をば最も見識高き人物であると評価した。
その理由付けとして、人間の闘争行為をどことん煎じ詰めれば闘争の否定に至る。
「相抜け」の思想には、人類の将来への希望の灯が見出し得ると断言された。
平和のへの字も存在しない此の時代に、敢えて夕雲をクローズアップすれば、下手をすれば当局から反戦論者に見立てられなくもない危険性が大いにあったはずだ。
先生の勇気と良識を評価したい。
 
 
『夕雲流剣術書』ーはじめに(14)
 
小出切一雲のこと=その6
  
この事を、今次大戦末期の昭和19年に中央公論社より発刊された富永半次郎著による「剣道に於ける道」の中では「相抜け」を高く評価された。
もっとも、富永半次郎氏を心から師事する石塚寿夫氏は巻末に川村秀東が著わす「辞足為経前集」を掲載し、「相抜け」相為らずの決定的場面の一部始終を再燃させれたのである。
処が、それにも係わらず無住心剣の極意技『相抜け』を信じて止まない日本人同士の共同体意識があって今以って信奉され続けている実情が一方には厳然として存在するのだととあるお方が指摘なされる。