新幹線の旅≪1≫

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北陸新幹線に乗ってはみたが鉄道マニアではないので殊更感極まったほどではなかった。


 6時始発の「かがやき」だったのだが一時の一大ブームとは打って変わり意外なほどがらんっとして静まり返っていた。


 月曜の早朝なら止むを得まい。


 しかし、車内が閑散としていたのは此の出発時と「はくたか」にて帰路に着き長野駅を過ぎてからの区間だけでそれ以外は流石首都圏内の凄まじいばかりの人の波には恐れ入った次第だ。


 気の弱い田舎者にはその打ち寄せる怒濤の勢いに圧倒され気が可笑しくなりそうだ。


 当然ながら通勤ラッシュ時を避けたつもりだが座席を確保しようなんて呆れた魂胆であって辛うじて吊革にぶら下がる事が許されるのが関の山だ。


 シルバー優先席なんてとんでもない、そんな悠長なものは此処東京には在りっこない。


 そもそもシルバー層の出る幕ではない。


今以って歴然と生き存える企業戦士の戦闘の場に紛れ込んだ老人たちは憐れとしか言いようがない。


 況してや、お寺参りの物見遊山組みは肩身が狭かった。


 列車通勤の戦士の方々はあながち歩兵軍団の徒歩組に他ならず就中その大半が非正規の方々だと察すればやはり遣り切れない気持ちが胸中を過ぎるのです。


 取り分け年若きOLやOGたちは細い踵のハイヒルを履いて姿勢正しく腕を振って悠然と一点を見据えたまま大股で闊歩する姿は何にも益して荘厳だった。


 勇ましかった、女性の社会進出を象徴する気高き光景であった。


 その速きこと風の如く、靴音高く追い抜いて行く。


 その物凄い脚力には舌を巻いた。


 


 都営三田線東京メトロ丸ノ内線横須賀線江ノ電も吊革を握ることが当たり前で座れることを期待するなんて飛んでもないことだ。


 でも、一度だけだったが若き方が無言でわたしたちに席を譲ってくれたのでした。


 此の時ばかりは年寄り扱いされたことに大いに感謝し有り難く頂戴いたしたのでした。


 帰路の「はくたか」は自由席にした。


 東京駅に出向いた折りには既に長蛇の列であった。


 何とか辛うじて二人の座席は確保できたのだが瞬く間に通路にも人は溢れた。


 上野駅からも大勢乗り込んで乗車率は相当オーバーしたでありましょう。


 平日の数値は47%と云うらしいがまったく嘘のようだった。


 長野駅までの2時間はこのような状況が続いたわけだ。


 明らかにアベノミクスが浸透し日本経済が躍動し始めていることを実感したのです。


 大半は長野で下車していった。


 という事は、まさかと思うのだがひょっとして長野まで通勤圏が膨張したのかも知れません。


 人の移動が旺盛になれば自ずとモノの移動もカネの移動も活発化し消費の拡大も請け合いではありませんでしょうか。


 新幹線に乗ってそのようなことを思い知った。