老いの回想記≪131≫

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その七 いばらとて 花芽つきしや 高尾台
 
 
我が醜態を斯くも赤裸々に開陳致して果たして如何なる意味合いが在ろうことか。
汚物を隠すように人知れずに隠蔽致せばそれまでの事であろう。
確かに、隠したままあの世へ旅立つ手もあろうが敢えて世に公表する道を選んだ。
その理由は、斯くも頑なな人間に育て上げてくれた父母の恩義に報いるためにも真っ正直な生き様のまますべてを終わらせたかった。
それまでのことなのです。
 
 
 
 
 
 
国鉄民営化も裕次郎逝去も眼中になし
 
 虚ろに通り過ぎていった昭和六十二年と言うひととせだった。
何ら実体のないもぬけの殻と化したブヨブヨした肉体が不気味にそぞろ歩くように日一日が掻き消されていった。
 自分が正真正銘の鬱状態にあることを意識した。
自閉症の症状に酷似した異常行動を教師の自我というエゴで抑制しカムフラージュし続けた。
連綿と連日のように連なった。
 敵対する対象物が眼中に飛び込むと極度に怯えながら被害妄想の観念に陥ってしまい、遂には本能的に自己防衛を画策したのだった。
 わたしの眼中に去来する物象を逸早く峻別し、このわたしを取り巻くわたしの父子に対し何なりとも危害を及ぼさんとする物体なりと判断すればためらうことなくわたしは獣になることを心に決めていた。
 然に非らざる事象にはまったく無頓着で眼中には入らなかった。
郷ひろみが結婚しようが、おニャン子クラブが解散しようがどうでもよかった。
 二年目のこの年は級外であった。
ある意味では職務の内容が緩和された。
学担の雑務から開放されたのは事実だ。
しかし、本務の遂行は当然の責務として果たさねばなるまい。
 
 押し並べてすべからくと言うわけではないがある限られた特定の生徒の目から明らかに嫌疑と憎悪そこへ蔑視の情が入り混じった鋭く尖った堪え難き視線を見出し、次第にわたしはそのことを意識し始めていた。
 不幸なことであった。
これらを見過ごし等閑に付すだけの雅量は最早わたしからは消え失せていた。
了見の狭い教師に落魄れてしまった。
 彼らの目の瞬きにも私は猜疑の心で見返していた。
いや睨み返していた。
既に自分自身が獰猛なる獣同然に成り下がってしまい茫然自失した。
 その瞬間におのが情意が昇華し音声たじろぎ言葉を失う様にさすがに戸惑いの色隠せず、そこは長年培った来た職業意識で以って体裁を繕いつつ体良く教室を後にしたことを覚えるのである。
恐れ多くもわれは授業を放棄するところまで凋落してしまった。
持病の狭心症の症状が出たので静かに自習しなさいとでも言ったはずだ。
現に主治医たる平丸医師よりニトログリセリンを宛がわれていた。
胸ポケットにはこの劇薬をも秘めていた。
 
この学校での二年目の一ヵ年に一度ならず二度三度然るべき悪夢の如き出来事に遭遇したが、それ以上を数えることはなかった。
苦境を乗り切る手立てとしてわが道場の効能を有効に活かした。
無心で居合いを抜いた。
静まり返った道場の壁に刃音が木霊(魂)し吸い込まれた。
無我の境地を得るまで際限なく抜いて抜いて抜きまくった。
汗が涙と成り涙が汗となった。
 不甲斐無いおのれの器を切り裂き切り捨てた。
おのが醜悪なる失態を一刀両断にした。
邪悪なるまがつひの神を呪い、神をも切り捨てた。
 建て前論としての綺麗ごとを数々並べ立ててみたが、実の処、わたしの本音はわれらが父子に敵対的攻撃の牙を剥く輩を諸共に斬り伏したということなのだ。