老いぼれへぼ教師の回想記《9》

戦後の一億総飢餓時代には日本人は一丸となって血眼になって働いた。
日本人は腹いっぱいに飯を食いたいという共通目標で一つにまとまっていた。
ところがどうしたことか、機械化が進み米余り時代へ急激に突入した。
作付けが制限され、休耕田が国土を覆った。
日本人の生き方や価値観が多様化していった。何かしらみなちりちりばらばらの感否めずまとまりを失ってしまった。
何かと異常さが目立つ日本国になってしまった。

この休耕田に太陽光発電という奇抜なる最先端時代に戸惑いを感じながらも置いてきぼりを食わされないように、老いぼれとて懸命に付いて行くしかない。




田しごと

 堂の集落を過ぎて間もなく堰堤に達し、この付近より少しずつ視野が広がり菊水平野と称する開けた平地にさしかかる。
 春も深まりつつあるこの時期、田起こしの作業風景が、其処此処で行われて然るべきで在るにもかかわらず、何故かしら目にする機会がなかった。
 いつものように月曜日の朝方には子らと共に学び舎への道を急ぐとき、ふと目をやると、片隅の田の中にかすかに動く物体を見出した。
 近付くにつれ、その物体が人体であり拝顔するまでもなく、その姿よりA君の両親であることを現認した。父さんであるトウトが鋤を引き、母さんであるカカアが操る。
 腰まで身を沈め、あたかもスローモーションビデオの再生画を見るが如くに黙々と前へ前へと進み出る。
 早春の雪解け水をたたえる湿田の中で、人間対大自然との凄まじき格闘が、今まさにそこに演じられていたのだ。
 その光景は、私にはこの上もなく崇高なものに映ると同時に、何とも言い難いうら悲しき感慨に胸が締め付けられてしまった。
 敗戦の憂き目から抜け出し復興のための槌音が日本国中にこだましていた。日本農業は畜力に変わり機械化農業が華々しくデビュウし始めたというこの時に於いて、あたかも戦前にタイムスリップしたかのような時代錯誤的な光景を目の当たりにしてしまったのだ。
 都会育ちの若きボンボンにとっては、この衝撃は正直言って計り知れないものがあった。
 とにかく、わが目を疑った。こんな現実があって然るべきなのかと、つくづく思った。
 心なしか虚ろにして、淋しげな、はたまた若しかして悲しげな面立ちにも映ったような気もした。

 しかし、なんと言えどもこの生々しき情景には、人間お互いに協力し合うという実に見事なる素晴らしき場面が幾重にも散りばめられていた。
 実に見事なる素晴らしき夫婦愛の場面ではなかろうか!
 これほど確かな、生々しく生きた教材はどこにあろうことか。生徒たちもことさら改めて、この光景を目に焼き付けたことだろう。

          *      *      *

 しばしの間、辺り一面が無言のまま終始した。耐え忍ぶように通り過ぎる私らとて同様だった。
 しかし、この厳粛なる現実に決して目を背けてはいけない。

 後で気付く事ながら、田起こしの情景を見受ける機会がほとんどなかったことに関し、若しやその行為を、忌み嫌うかのように人目を憚って行われていたのだとすれば、これほど胸えぐられるやるせないことはない。
 しかし、今真摯に顧みるに太古の昔より農耕民族として誇りを持って生きてきた我等日本人が斯くなる神々しい光景を只単に座視し傍観者的な立場で評論するなんて、これほどの不謹慎なことはないということに遅ればせながら気付いた次第だ。
 菊水町に関わる大勢の方々に対し衷心よりお詫び申し上げねばならない。
私の意とするところを是非汲み取っていただきたい。
 只ひたすらそう願うところである。
 ご理解していただければ、これほどうれしいことはない。
つづく